プログラマーのジレンマ

6月 12, 2009

本屋さんで本を見かけ、衝動買いで買ってみました。プログラム開発の困難さと、その罠について、現実の開発プロジェクトの取材結果をつづっているのですがね。
プログラム開発が常に遅延する困難さはどこから発生するのか。なぜ、橋や家を建築するようにスケジュール通りにいかないのか。私はこのように考えます。
まず、橋、家、コンピュータハードウェア。これらの規格化、スケジュール管理がしやすいのは、静的構造物だからではないかと思う。つまり、現実に存在する3次元の物体を、組み立てることで出来上がる。人間の直観に合っているし、しかも3次元物体であれば、頭のなかで想像もできる。そして、物を作っている過程を見れば、一瞬で進捗状況が分かる。
対して、コンピュータプログラムは?…これは静的な構造物ではない。人間の想像の産物、そして電子の世界で実態を持たないモノであり、なおかつ『時間軸』という人間が最も認知することが難しい次元での変化を予測しなければならない。むしろその『変化』そのものこそが、プログラムの価値であるところですかね…
おかげで、3次元物体を目で見るようにではなく、頭の想像を言葉や図で共有しなければならず(もちろん設計者の頭の中を共有しなければならない)、そしてそのはかない想像は、目で見えず、なおかつ時間軸で刻一刻と姿を変貌していく…こんな人間にとって理解しがたいもの、いうなれば、音楽、絵画、詩、文学作品のようなものを、工程管理しようという行為が、はたして出来るのか?ということを意味している気がするのですがどうでしょう。
そして、デザイナであるSE,アーティストであるプログラマを…本当に部品のように制御できるんだろうか…??
私、無理なんじゃないかなと思う。正直、絵画や音楽の作成進捗って、あるのかしらね…?確かに締め切りはある。でも、アイディアができていない限り無理なんじゃ…週刊誌の漫画は、ある意味漫画の大量生産なのかもしれません。だから、もしかして、プログラムの設計って、過酷なのかな…そんな気がしてきた。

posted in マイライフ by maruo

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