へそまがりな俺

3月 11, 2018


今日は311。どこもかしこも追悼番組よね。解る。解るんですよ。おいちゃん自身も311体験した身ですし。計画停電も大変だった。311という日付に特別な思い入れがあることは解る。追悼の行事もいっぱいあることも解る。

が!あることをきっかけに意識が変わった

去年、福島県に初めてでかけて行きました。お仕事で、ですが。
福島第一原発からほど近く。2016年9月に避難解除されたばかりの場所だそうで。広大な平原、海岸線を工事し続ける車両。津波を防ぐための護岸工事の真っ最中でした。降り注いだ放射能を取り除くための土地の除染作業も済んでおらず、いたる所に地震の爪痕が色濃く残された場所。
せっかく来たからには、この目に焼き付けておかねばならないと思い、帰宅困難地域に指定されているが、立ち入り制限区域ではない浪江町を訪れた際、正直私は絶句しました。津波が押し寄せなかったからこそ残された街並み。誰もいない街。そして崩れた家々や、そのまま残された生活の跡。
写真は、浪江町の国玉神社。初めて常磐道の浪江町ICを降り、作業場所に移動している最中に、もっとも衝撃を受けたランドマークでした。

そしてあれから1年。私はまた浪江町を訪れた。多少瓦礫は減り、鉄道も動き始め、避難解除も行わた。だがしかし。国玉神社は時が止まったかのように昔のまま。1年前のあの時から、311という日にちは私の中では意味をなくした。福島県、南相馬、浪江町というキーワードを聞くたびに私は思う。

まだ東日本大震災は、現在進行形で続いている災害なのだと

なので、3月11日に、思い出したように追悼番組を組んだり、追悼記事を上げたりするいろいろな事が、正直嫌い。

誰でも行ける場所なんだから、一度状況を見に来てみなよ。一年に一回だけに思い出す、過去の話なんかじゃないと思い知るから。

posted in マイライフ, 時事ネタ by maruo

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