世界の中心で自分を叫ぶ

9月 6, 2015

最近気づいたのだが、世の中には2種類の人がいる。
相手基準な人と、自分基準な人だ。

相手基準な人とは、基本的に人に合わせる人。自分基準な人とは、他人がどう言おうと、自分の決めたことが全ての人。

と、書くと、自分基準な人が素晴らしいように見えるかもしれない。

が、一概にそうとはいえない

のが、世の中の難しいところである。

私生活に関することであれば、自分中心な人で何ら問題はないのだ。が、仕事、社会の中で生きていくことを考えると、自分中心は非常に都合が悪い。

さて、何故か。

答えは簡単である。私生活は自分自身の生活なわけだから、他人からどーのこーの言われようが、自分が良ければいいのですよ。最も、これが結婚して家族を持った場合は、純粋に自分ではなく、「家」の自由になる。その場合、基本的には自分基準は存在せず、家基準になるわけだが…

じゃあ仕事、社会生活では何故ダメなのか。それは…基準を決めるのは客(というかスポンサー)だから。スポンサーが金を払う価値があるかどうか?で基準が決まるから。なもので、自分中心な人には、いろいろ問題が発生しやすい。しかも、そ~いう人は、とても多い(特に基本的に客と合わない人には)ということに気づいた。
自分基準な人は、大体こういう言い方をする。
 『客は、これで十分と言っている』
 「いや、私は今までそんな仕事はしていない。それでは不十分である。客はどうかしている。もっともっとスペックは上げるべきだ」

 『客は、この仕様では不十分だと言っている。もっとスペックを上げなければならない』
「いや、私がやった仕事では、そんな法外なスペックを要求されたことはない。客はどうかしている」

つまり、正しいのは自分で、おかしいのは客である、という言い方しかしないのよね…ええ、もちろんそういうこともありますよ。明らかにおかしい時は、諭してあげる必要がある。が、それでも客が納得しなければ、2つに一つなのよ。

  • 金を受け取らない。契約破棄
  • 金を受け取る。客の要望に応える

さぁ、どっち?って話ですよね~。しかも自分基準な人って、基本的に自分が興味のある問題しか考えないから、先ほどの選択をした結果、どうなるのかというその先の結果まで検討しない事が多いので…
気に食わなければこんな仕事蹴っちまえ、しか言わないんだよねぇ…

そーいう子に、世間の難しさ、自分が生きていくことの難しさを教えるには、どうすればいいんでしょうねぇ…客の前に放り出してみるか…

posted in マイライフ by maruo

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