悪意ない混沌ってのも、きっとあるんだろう、なんて思ったこと

11月 14, 2014

当ブログを読んでいただいている方はご存知な通り、私はよく航空ショーにお出かけします。
でね、地方の航空ショーは特に、なんですが、付近の道路がものすんごく渋滞します。で、まっっったく車が動かない状態が暫く続く事があります。ちんたら、ちんたら走って行くと、大体は交差点の右折車が塞いでいて動かないのが、ほとんどなんですよね。

で、大体こんなケースで動けなくなる。

  1. 交差している先の車が無理やり交差点に突っ込み、交差点を塞いでいる/右折車が入れる隙間がない(自分勝手な人)
  2. 渋滞が合流するところで、交互に入れさせてあげない(これまた自分勝手な人)
  3. いける隙間があるのに、行かない。もしくはジリジリと入るよ、とアピールしないので、合流できない(優柔不断な人)

さて、1番目、2番目はオレがオレが、とやってれば、そりゃ混乱するよね、とわかると思う。問題なのは3番目だと思うのです。
何が問題かというとね…この人達は、多分遠慮がちで、控えめな、通常は『いい人』と判断される人たちなのだろうということ。『お先にどうぞ』という譲り合いの精神は、日本人の美徳とされていますよね。だが、

譲り合ってるだけじゃダメだ

ということです。つまり、お互い譲ったままならば…どちらも動かない訳です。じゃあ、がんがん割り込まれるのを譲ってあげてるだけでは、その人は全く動けない。結果、後ろに続いている車は全く動けないんですよ。結果、後ろに続いている車の人たちは、そのアオリを食らうわけですよね。
つまり

動くべきタイミングを逃さず行動する

て事が出来ない人は、謙虚であっても、周りからすると迷惑でしか無い、ってこと。仕事でもいるよね。すごく人が良くて、人格者なんだろう、とは思うけど、その人の組織の下にいる部下たちは、その人のお人好しのお陰で、貧乏くじを引かされ続けるようなこと。個人が勝手に面倒を背負うのはその人の勝手だと思うのだが、背中にいろんな人達を背負ってる時は、それは全くダメなのだろうなと思う。言うべき所は言う。チャンスがあるなら行動する。でも引く所は引く。そのバランスが重要なのだろうと。思うわけですよ。

善意が組織を混乱させる…本人は無自覚にいいことをしていると思っている。これは根が深いような気がするんだよねぇ…特に、日本の文化では…( ̄へ ̄|||) ウーム

posted in マイライフ by maruo

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