TEDのプレゼンを見て思ったこと

7月 29, 2014

TEDって、ご存知です?アメリカで開催されている、著名人の応募によるプレゼン大会です。ビル・ゲイツとか、すごい人がたまに出ていたり、趣向を凝らしたプレゼンがあったり。私は、プレゼンテーションのお勉強をしようと見始めたのですが、最先端の情報を知ることも出来たりして、非常にお勉強になるのです。

そんななかで2つ、とても考えさせられるプレゼンがありましたので、ご紹介。

中国は今や新興経済国の憧れの的なのか?
エコノミスト ダンビサ・モヨ氏によるプレゼンでした。ざっくり言うと…

欧米主導で推進されている自由民主主義は、実はアフリカなどの新興国では見向きもされていない。欧米では、自由こそ正義と信じているが、それは、金持ちだから言えること。新興国の貧困層は、自由かどうかが問題では無く、生活が豊かになるかどうかが問題なのだ。では、そんな新興国が注目している国は、中国の経済発展である。民間による自由経済と違い、中国は国家主導で経済を計画し、今飛躍的に経済発展している。国家主導のやり方を、見習うべきでは無いか?という機運が高まっている。じゃあ、欧米は、そういう新興国に対して、どう向き合うべきか?という内容。

自由経済って、民間主導で経済活動することで成り立ってます。つまり…

お前ら勝手にやってろ

という概念ですよね。この考えって、いわゆる性善説に基づいた考え方。そして、善良な市民は、基本経済的に安定しているから善良な訳で。で、そういう善良な人たちに支えられているから、民主主義は成立する。じゃあ、邪悪な考えに染まった民衆による民主主義は…??つまり、民主主義は、経済活動が活発であるから成り立つ概念である、とダンビサ氏は断言してます。
実は、私も気になることを考えていて。自由資本主義経済は、消費活動が活発化することで成り立ってます。つまり、経済発展のためには、常に需要を掘り起こさねばならない。じゃあ、需要がなくなった場合は?国内で無理なら国外へ。じゃあ、国外でも需要が満たされてしまった場合、その先は…???

何が言いたいかというと、資本主義は、世界中に商品が満たされて、人々が満足してしまうと、破綻するのですよ。常に民衆は満たされない状態を維持し続けなければならない。そんなことが可能なの?という、大きな疑問があるのです。
さてさて。昔の人達は、そんな大きな経済活動をしていなくても、満足に生活できていました。自給自足。それでも別にいいんじゃないかなぁ?なんて思ったりもします。アメリカンジョークで、

ある起業家が、南の島で日々食うだけの魚を採ってのんびり暮らしていた漁師に、ビジネスの話を持ちかけます。
「この島で貴方が採った魚を売りさばくことができたら、貴方は大金持ちになれるよ」 
漁師は聞きました
「そんなにお金を稼いで何するんだい?」
「一生食うに困らないお金を稼いだら、南の島で、釣りでもしながらのんびり暮らすのさ。いいだろう?」
漁師は思いました(今やってる生活じゃん)

なんて話がありましたが、お金を稼ぐことそのものが目的になって、本来の目的を見失ってしまっているのでは無いか?なんて。結局、貧困でも、裕福すぎても、人間は邪悪な方向に向いて行くと思っているので、そこそこが一番いいんじゃないかなぁ、と最近強く思う次第。
ちなみに、ザンビサ氏曰く、民主主義を維持するための民衆の平均年収は、600万円じゃないと満足しないんだって。日本の平均年収は、約400万円。つまり…日本の民主主義は、崩壊の方向へ向かってるって、ことなのかしら…ねぇ…

最新のバイオニック技術で走り、登り、踊る
MITメディア研究所教授のヒュー・ハー氏による、最新技術による義足の話です。ヒュー・ハー氏自身も両足を若い時に切断し、自分自身のハンデを克服するために、義手/義足の研究を続けてきたそうです。そのヒュー氏の義足は素晴らしく、足首にモーターを内蔵し、足を下ろす時はクッション、蹴りだす時はモーターアシストで、健常人の足と同じ動作をすることで、飛躍的に運動能力を高めているそうです。彼の研究は機械による人間の肉体のハンディの克服。何らかの事故や先天性の障害で、体にハンデを背負っている人には、素晴らしい技術だと思います。ただ、もう一つの側面もふと頭をよぎりました。サイボーグ化による、人体改造の技術。また、賢い義手、義足にはコンピュータが搭載されているので、クラッキング等の危険性による新たな犯罪の予感とか…技術の発展は素晴らしいものであり、人を幸せにするのですが、反面、不幸にする側面も併せ持っているのですよねぇ。ちょっと不安だな、と思ったのは、ヒュー氏の少し偏った(と私は思う)考え方も。「人間の体は壊れない。壊れているのは世界であり、改善できない技術の方である。」と言ってました。前人未到な何かをなしえるには、それぐらい突き詰めた考えの人の方が、事を成し遂げるパワーをもっているんだろうな、とは思うんだけども、ともすれば、ハンデを負ってしまった人の現状を認めない、とも取れたりする。考えすぎかもしれないけれども、ハンデも人の個性だと捉えれば、そういう人たちが共存する世界だからこそ、いろんな人が生活しやすい社会が作られていくのではないかと。画一的な正義や、意図しない方向にこの技術が悪用されないことを祈るばかり、とつい考えてしまったプレゼンでした。

個人の主観満載ではあるけども、こういう番組も、いろいろ考えるいいきっかけになるんだよねぇ~。

posted in マイライフ by maruo

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