セクハラヤジ問題に考える

7月 21, 2014

女性都議に飛ばされた野次が考えさせた問題点

ネット見てたら、こんな記事があったので、ちょいと読みつついろいろ考えてみたとです。
私も先日、当ブログでこんな考察をあげてみたりしたわけですが。この記事はもっと過激に突っ込んでますね。
アメリカ押し付けの日本国憲法が少子化の原因でないの?と。ほんとにそうかは分かりませんが、個人的には当たらずとも遠からずな気はしてる。何故ならば、戦後処理をしたアメリカは、日本の国力増大を抑える事に尽力したと思うから。自治を保った形態でゆるやかに衰退していき、資本主義国の属国となるような方策を検討したであろうから。で、日本のナショナリズムを抑えようと考えたでしょうからね。

んで、この記事のかなり過激な意見としては、かつての日本の、家と家との結びつきという結婚の形態が、戦後変わってしまい、個人の意思という形態のもとに今があるのだ、と言ってますが~、これはちょっと行き過ぎなのかなとは思う。何故ならば、別にそれを変える必要は無かったからです。日本経済が順調であるならばね。地方都市でも十分な仕事があり、農業、漁業でも十分儲かる(いやむしろステータスであるほどの)事業構造があれば、ね。でも、そうはならなかった。第一次産業は衰退する方向へ舵を取り、第2次、3次産業へのシフトを推進し、産業の大都市圏への一極集中化を推進してきたわけですよ。
成人する若者は、より稼げる仕事を求め、大都市に出る。そして結婚する。子を産み、家庭を持つ。自動的に3世代同居なんて出来ない構造が出来上がる訳で。いやそれでも、経済が上向きだったら、旦那の稼ぎだけで良かったわけですよ。女性は安心して子育てができる。が、そうは言っていられなくなった。女も稼がないといけない時代になったわけで。で、子供を作ってる隙がない。作れないから労働人口が減る。減るから男女ともに労働人口になる。なるから益々作らない。作らないから労働人口が減る…負のスパイラルですわ。

この記事の冒頭で、女性が安心して子供を産んで働ける環境がないから産まないのか、それとも産まないから環境が出来ないのか、という話がありましたが…この問題の起点は、経済の落ち込みだと思うんだよねぇ…この記事では、セクハラヤジから憲法改正論まで飛躍してますが…まずは経済の立て直しっしょ。それがポイントだと思うんだよねぇ…それが出来なければ、子供を産める環境は整わないんだろうねぇ。
死に直面すれば、種族保存本能が働くだろうけど、バイトでもしてればとりあえず死にはしない状況では、慌てて子孫を残そうとも思わないだろうしね。まずは次の日本の核となる産業をどうやって立ち上げるか。そこに叡智を結集するところから始めないと行けないと思うんだが~

この主張を述べてる政治家って、まだ見たこと無いんだよなぁ…

posted in 時事ネタ by maruo

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