映画の図書館戦争を見て思ったこと

7月 1, 2014

図書館戦争といえば~、有川浩原作の、ちょっと前に人気になった小説ですね。アニメになったり、映画になったりしましたね~。
ストーリーは、メディア良化法が施行され、出版メディアの検閲が一般的になった世の中。検閲に対抗する唯一の機関が図書館となり、検閲を強行するメディア良化委員会と、検閲を拒否する図書館側の図書隊が軍事力をもち、対立しあうという仮想世界の話でしたね~。

で、昔見ていた時は、まぁ小説の話だしね~と思って、娯楽としてみていたのですが、集団的自衛権、憲法第9条改正、竹島、尖閣諸島などの領土問題、朝鮮半島情勢等、政情不安がまじめに見えてきた最近に、改めて見てみて、ちょっと違う視点で考えてみたのです。

図書館戦争のバックグラウンドを考えてみた場合、図書館が軍隊を持つというアンバランス感と、表現の自由というテーマが面白さを持っていたと思うのですが、これまた非現実で荒唐無稽な感じであったと思うのです。が…果たして非現実だといえるのだろうか。
この図書館戦争を突き詰めていくと、もっと根源的な問題に突き当たると思うのです。守るべきものを守るために、我々はどこまでの手段を講じる覚悟があるのだろうか。すごく身近なところだと、自分の縄張り(家や生活圏)を侵害された時、家族や友人などの大切な人を侵害された時、守らねばならない時に、どういう手段まで踏み込むのだろうか?それも相手が暴力という最終手段で訴えてきた時、暴力で対抗するというところまで踏み切るのかどうか?

首尾よく守れれば、よし。だが、もし守れなかった時。人は、私は、何を思うのだろうか。最終手段に何故訴えなかったのか。実力で排除出来たのではないか、と考えないだろうか。その時復讐心に駆られ、相手を抹殺するための最終手段に打って出てしまうのではないか。まだピンとはこないけど、私ならば…刺し違えてでも、と考えるだろうな、なんて思ったり。
先のいろんな議論についても、我々はまだ当事者意識が薄いのではと考える。日本を取り巻く周囲の問題ではあるけれど、自分には降りかかってこない問題だと思ってると思うんだよね…

さて、話は元に戻って、図書館戦争ですが、図書館が武装するなんて、ありえないと思うかもしれませんが、外国では、かつてそういう時代があった時もあったってことを忘れちゃいけない。中国の文化大革命時は、まさに同じ状況である。あの時はメディア、思想、学問が武力で弾圧された時代です。その頃、武力で反抗しようとする勢力もいたであろうけど、その勢力も屈し、そして今の中国がある…が、確かに言論の自由が武力弾圧され、武力で対抗した時代があったということです。さて、その我々の権利を守るためには、時には武器を持ち、血を流してでも守らなければいけない時がある、と我々は決断するのだろうか?それとも、力には訴えず守る?守れる?手段を見つけられるのだろうか?どれが正しいとも、どれが間違っているとも言えないけれども…。私ならば、少なくとも自分に出来る全ての手段を尽くすだけは尽くしたいなぁと思うなぁ、なんて重いことを考えたりしました…

posted in マイライフ, 映画, 時事ネタ by maruo

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