インターネットというメディアについて考えてみた

6月 8, 2014

女子大の授業でLINEを導入してみた!
そして学生たちのFacebook利用率が低い理由とは?

ちょっと面白い記事ですね。ここでは、SNSの活用術についていろいろ書いてありました。まぁ、SNSというと、今真に流行りのコンテンツというところですが、果たしてSNSってそもそもなんなんだろーと思って、調べてみたとです。

ソーシャル・ネットワーキング・サービスとは人と人とのつながりを促進・サポートする、「コミュニティ型の会員制のサービス」と定義される。あるいはそういったサービスを提供するウェブサイトも含まれる。
by Wikipedia

私は、Facebook/Twitter/LINEをSNSでは利用してますが、使ってみた結果、SNSってつまりこういうことだよね、と思います。

特定の個人を保ったまま、各ユーザー間での会話/発言ができるシステムを有する情報共有サービスの事。共有できる情報や、その範囲によって各サービスごとに差があるといえる。使っているところで一応比較すると

  • LINE:会話型。基本的にはユーザー間のみの会話が許される。非公開型のサービス
  • Twitter:会話型と投稿型の中間。基本外部公開。つぶやきと呼ばれる一言が基本で、写真などの画像も使える
  • Facebook:コンテンツ投稿型。外部公開か非公開かは設定によって選択。個人が発信するコンテンツをネタに話をふくらませるタイプのサービス。写真/動画/位置情報等、いろんな情報が扱える多機能型サービス

て感じですかねぇ。

でも、思うんですよ。インターネットというメディアは、それまでスタンドアロンだったコンピュータを、ネット接続することで相互のデータ交換を可能にする技術だったわけで。それによって、ユーザがデータ交換する仕組みを色々作ってきました。メール、チャット、Webコンテンツ、掲示板、Wiki、ブログ、などなど…
で、それらの上に、「ユーザー情報」「情報共有」という機能を付加することでSNSというメディアに昇華しました。そ~いう意味では、私もすべてひと通り体験もしくは活用してまいった人間です。

で、実は今話題のSNSも、よくよく考えると、既存メディアの延長だということに気が付きます。

  • LINE:要はチャットだよね~
  • Twitter:全員公開型の掲示板の延長、かな?
  • Facebook:明らかに、ブログの発展形だよね

さてさて。頭に戻って。今これらメディアの活用は、年齢層によって分かれていると言います。10~20代には、LINEやTwitterが活用され、それ以上の年代にはFacebookが多く活用されているそうで。で、記事によると、

「だって、Facebookってオジサンがやるものでしょ?」

なんだそうで。ナルホドねぇ。と、いうよりも、10~20代では、LINEやTwitterが一番適しているということだよね。つまり

チャットがやりたいんだよね

といえるかなと。今を遡ること15年前は、IRCチャットが大ブームで、私もチャットを毎晩やって友人一杯増やしたもんですよ。今でもその当時知り合った友人いるもんねー。夜、仕事終わったら集まって、だべって楽しい時間を過ごす、っていう感覚だったよね。いわば

コンビニに集まる若者と一緒

の感覚だよね。特に話題があるわけではなく、仲間内で楽しく話したい。そういうものだと思う。

では、なんで年取った人はLINEではいのだろうか。

無差別に人と喋りたいわけじゃないのよ

若い時は新しい仲間も一杯増やしたいし、まずは仲間に入れてみてもいいでしょう。が…だんだん仲良しは固定されてきて、集団が決定してくる。決定してくるとさ。そこそこのお友達と仲良く話せればそれでいいのよね。と、すると。LINEでもいいし、メールでも別にいい。ので、LINEいい、という必然性はないんだよねぇ。

対して、Facebookはどうなのか?ブログなどの延長と考えてみよう。要は日記だ。日記をつけるって言っても、毎日毎日イベントが発生するわけではない。飯食って学校/会社行って、帰ってテレビ見て寝た。そんな日もあるだろう。そんな日は…日記に書くことがない。書くことがないから書かない。書かないから…いずれめんどくさくなる。ので、やめちゃうと。始めてみても、なかなか更新続かないよねー。若い時は余計金もないし、ネタもない。なもんで流行りづらいんじゃないかなぁと思う次第。要は、ブログやFacebookは、継続するのに敷居が結構高いと思うわけ。だから「リア充」向けのサービスだと言われる所以だろうねと。

さて、じゃあFacebookやブログを活用している人ってのの記事を読んでみると、基本はコンテンツクリエイターなんだよね。掲載するネタを作る方々。おいちゃんも趣味にしてますが、写真や動画だとか、小説、日々のニュースやそれらに対する考察とか。そういう事を日々発信する方々だと思うのです。じゃあ、その人達って、果たしてそんなにネタあるの?って、多分、変わらない。おいちゃんも思うんだけど、朝起きて、会社行って仕事して、帰ってきて録画したビデオを見て寝る。まー、そんな生活がほとんどよ。別にどこどこ旅行した、とか、こんな面白いイベントがあった!とか、そんなエキサイティングな毎日があるわけじゃーない。大体のひとが、多分そうなんだと思うんだなー。
でも、写真をわりと真面目にやるようになって気づいた事がある。写真って、特ダネを拾うとか、旅行に行った思い出を残すとか、もちろんそういう使い方もあるんだけども、何気ない日々の中に潜む素敵な瞬間ていうのかなぁ。そういう何でもない生活の中にも、カッコいい!とか素敵!とか悲しい…とかっていう瞬間が潜んでて、それを掬いだして切り取るものだ、という事に気づいたりします。
_R000813_18_F16_S0,6s_ISO320_140606
手前味噌でなんなんだが、けっこー評判良かった写真。これ~、東京駅で朝の通勤途中の電車の乗換時に撮影したんだよね。時間にして、ほんの2~3分。いつも乗り換え時に人がグッチャグチャで、普段は「あ~、も~!!人混みうざい!邪魔!」て人を押しのけて歩くだけなんだけど、ふと思ったの。あ、これ、スローシャッターで人の流れをぼかしてみたら、なんか面白い写真になりそう、て。で、人の流れのど真ん中に(ちょっと遠慮がちに)陣取って、コンデジを持ち上げて、1/6秒で撮ってみたんだよね。まぁ、なんと面白い!て投稿してみた次第。要は、そんな何気ない、糞つまらない日常にも素敵な瞬間は潜んでるってことを改めて気づかせてくれて。他の方の投稿みても、多分日常で見つけた彼ら(彼女ら)なりの素敵な事を、載せているような気がする。なのでなんだが充実しているように見えるのではないかなー、と。

て、考えた時に、さらに「リア充な人」って、「リアルが充実してるから、そういういろんなネタがある」のではなく、「日常を面白くしようと創意工夫しているから、リアルが充実する」んじゃないか、と考えるようになってきた。ほとんどの人が考えることとは逆。そこで思い返す事がある。ナポレオン・ヒルの成功哲学「人生は思ったとおりになる」です。くそつまらんと思えば、日常はつまらない。日常って素敵!って思えば、素敵な世界が広がってる。考え方次第なんだよねと。

インターネットって、メディアの一大革命で、それまで大量発信できる手段を持つ一部の人間にしか許されなかったコンテンツの発信が、個人で簡単にできるようになった。それによって、実は人間て試されてるのかもしれないと思う。大量の持たざるものは、「俺らにだってそういう手段があれば、もっといいものができる」と言えていた時代は終わり、「さぁ、手段は用意したよ。やってごらん」と言われている時代なのです。でも、できる人はがんがん活用するし、出来ない人は使えずじまい。これからは動画メディアも放送局クオリティで個人発信できる時代が来るでしょう。多分それでも活用できる人は限られ、ますます情報格差は開き、もしかしたら殆どの人が愕然とする時代がくるのかもしれないなぁ、なんて思った次第。ちょっと大げさだったかしらん(笑)

posted in コンピュータ, マイライフ, 時事ネタ by maruo

Follow comments via the RSS Feed | Leave a comment | Trackback URL

Leave Your Comment

 
Powered by Wordpress and MySQL. Theme by Shlomi Noach, openark.org
ページ内検索

ログイン

ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失

メインメニュー

サブメニュー
自宅鯖計画

Gentoo Linuxな生活

玄箱HGにGentoo格闘記

航空ショーへ行こう

モータースポーツな世界

奥深き写真の世界への誘い

我思う ゆえに我あり



携帯用QRコード