覚めないナイトメアー

9月 4, 2005

仕事にて、オブジェクト指向花盛りですと散々書いておりますが、そろそろオブジェクト指向の理想と現実のギャップに気づいてきている模様で、やり方を変えようという話になってまいりました。
どのように変えようとしているかというと…
もともと設計を行うためには、検討会という会議を開いてあーでもない、こーでもないと議論をぶつけるわけですが、この議論の構造が縦割り構造。機能間を縦に割って、そのなかでお話しようとしていたのですが、縦割り構造というのは良くないことであると世間ではよく言われてますね。この横の間の連携が悪くなって、『となりは何をする人ぞ』になってしまいやすくなります。なので、検討会を横にスライスした、階層構造にしよう!ということになったのです。
んむ、まぁ、これはこれでいいんです。いいんです、けどね。この階層構造の検討では、一番論理的な層(なんとなーくこんな感じ?っていう部分)と一番物理的な層(CPUはこれ!メモリはこれ!ハードはこんな感じ!ってがっちり決まる部分)を一番最初に考えて、だんだん外側から内側へと検討を進めていくものなんですよ。で、いまやろうとしていること。

一旦今までの検討をおいておいて、全ての階層をいっぺんに検討して行こう

と言っている。

ムリ

作業量が膨れ上がってしまう。さらに、実はコレでもダメで、そもそもこの階層の中を検討するときに、さっきの縦割り構造は出来てしまうんですよ。これはしょうがない。問題の根幹は、この横同士の連携を高めるために、どのようなやり方で壁をとるか、なんですね。で、これは検討を階層構造にすることとはなんら関係ない。
つまり、階層構造にするのは、検討するための問題領域を限定化するための手法であり、縦割り構造の壁を取り払う作業は別に発生する、ということなのです。
で、肝心の後者の問題に対する対処法は

一切考慮されていない

のです。あーもー。オブジェクト指向の教科書通りのやり方しか知らんど素人が。教科書通りにモノづくりが進むんなら九谷焼の大量生産だって出来るわい。そこに人間ていう不確定要素が居るからこそ、ノウハウと管理者の力量が問われるんじゃないか。こーやって問題解決が遅れる事で、貴重な時間を消費してるって言うのになぁ。
ついでに、オブジェクト指向自体、教科書で学べるもんじゃない。オブジェクト指向は思想であり、哲学であり、宗教である。他人の思想はほぼ理解できないに等しいということを知るべき。そして思想の極意に近づくには開眼するしかない。別の言い方をすると解脱するしかないっす。座禅でも組んで無我の境地を会得するほうがよっぽどオブジェクト指向の理解が進むと思うんだが。
多分早い人で2年はかかるよ。普通の人で5年。運が悪いと一生分からない。

そーか、やっぱり設計者は職人なんだな

伝統工芸とかに認定できないかなー。そしたらおいちゃんも将来勲2等瑞宝章とかもらえんだろうか

posted in マイワーク by maruo

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