AIが発達したら、人間は何が出来るのか?

12月 5, 2016

昔、こんな記事を書いたのですが、最近、AIがあと50年で人間を追い越すだろう、と言うことが言われ始めてますね。
さて、その時…どんな世界が待ってるんでしょうねぇ…
いろんな番組や記事で、その危惧が出始めてますね。

  • 全職業のうち、50%はAIに置き換えられて、失業者が増える
  • 悪意的に教育されたAIが、テロに利用される
  • そもそも人間に好意的な判断をAIが下すだろうか?

等。私、ふと考えてみたら…人間とAIの決定的な違いに気が付きました。
人間は、知能も確かに持っていますが、本能的な「欲望」を持っています。いわゆる煩悩ですな。
さて、対するAIはどうでしょう。数学的に作られたコンピュータ上で動作するわけなので、あくまでも冷徹に、論理的に動くわけです。
学習が中立的に行われたとして、論理的に正しいと思われる判断をAIが下したとき。それは人間的な判断なのかどうか。

例えば、ですが。ある映画の1シーン。

記憶喪失の男が、ある老紳士の所に流れ着いてくる。その男性は、老紳士の息子にそっくりだった。そのため、息子が帰ってきたと思い、しばし一緒に暮らします。が、あるときその男の記憶が戻ってしまう。老紳士の息子ではなかった、と理解してしまう。だが、その老紳士に寿命が訪れ、死の間際にこういう。
「私は、死ぬ前に息子に会うことができた。幸せに死ぬことができる。」
その男は、悩みながら、死にゆく老紳士にこう答える
『あぁ、そうとも。父さん。』
そして老紳士は逝ってしまう…

とても人間的で、胸を打たれるシーンですが、AIならばどうでしょうか。死の間際という老紳士に、わざわざ真の息子ではない、という事実を突きつけ、絶望の中死ぬこともないだろうと、人間なら思うでしょうが…AIに人の死の概念は無いでしょうし、『嘘はよくない』という一般的価値観があれば、躊躇なく本当の事を言うでしょう。
が、それが論理的には正しいとしても、人間的にはどうなのか…ということです。

かつて、コンピュータの黎明期には、人間がコンピュータに合わせるようにしていました。そうでないとコンピュータは働いてくれないから。
でも、そのコンピュータが人間を超越したその時、コンピュータは、果たして人間に合わせて、くれるのでしょうか、ねぇ…

多分ですが、こういう判断なのでしょうね。

人間に合わせることが、論理的に正しいことなのかどうか?

人間世界の正義とは、人間に都合がいいこと。その人間の正義は、論理的に正しいこと、なのでしょうか…

posted in コンピュータ by maruo

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